2022年01月23日

1月23日礼拝説教「忘れない」申命記8:2〜8

1月23日礼拝説教「忘れない」申命記8:2〜8
今日は信徒による証し礼拝ということで、牧師からの説教は無しの予定でしたが、新型コロナの感染拡大の中、万が一のことを考えて短いメッセージを用意させていただきました。(実際、最初に証しを頼んだ方がやむを得ない事情で出席できなくなり、急遽、ピンチヒッターをお願いした経緯があります。)また証し者が原稿を一週間前に準備することは大変ですので、郵送された印刷物を用いて礼拝を守っておられる方々のためにも説教原稿が必要だということに気がつかされたこともあります。ですので、インターネット礼拝では読まれないかもしれませんが、短いお勧めをさせていただきます。
今日のお証しについては、コロナ禍にある恵みについてお話いただくようにお願いしました。まだコロナが終わったわけではありません。むしろ、第6波がいつ収まるか分からない。でも、必ず波は静まる時が来ることも私たちは知っています。いつか、どのような形でも、今の状況が終わって以前のように、あるいは新しい形になっていったとき、教会では、コロナが終わって良かったということで、これまでのことが無かったかのように忘れてしまうのではなく、その中で神様が与えてくださった恵み、神様が良くしてくださったことを何一つ忘れないために、記録にとり、一人一人の証しを書いていただいて、後代の方たちに証しを残したい。そして神様の御名が崇められることを願っています。
今日、朗読しました聖書の箇所は、申命記です。これはエジプトから救い出されたイスラエルの民が、でも彼らの罪のために40年間荒野をさまようことになってしまった。その40年の最後にモーセが人々に語ったメッセージが申命記です。2節に
2 あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。
旅の記録を忘れない。それはどこを通ってきたかという地理的なことだけでなく、どこででも、またいつでも、神様の恵みがあったことを忘れない、ということです。荒野ですから水も無い、食べ物もない。ですから人々は神様に不平を言って逆らいました。でも神様は彼らが生きることができるように、必要なものを与えてくださった。時には岩から水が出ました。天からのパンと呼ばれるマナを与えてくださったことが3節に書かれています。
3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたに分からせるためであった。
この3節の後半にある、「人はパンのみで生きるにあらず」という言葉は、それだけが有名になっていますが、その前後も大切だということは言うまでもありません。そして、4節。
4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。
四十年間の途中では気がついていなかった。マナのことは毎日繰り返されますから記憶にありましたが、着物や靴のことはなかなか気がつかなかったのでしょう。地味で小さな、でも素晴らしい奇跡です。神様の守りは、気がつかないところにもあるのです。
神様の恵みというと、わかりやすい、目立つところに目が行きがちですが、本当は水面下の氷ではありませんが、もっとたくさんある。自分では気がつかないことを、他の人の証しを聞いて、そういえば私も、と思い当たるのです。コロナ禍の二年間、大変なこと、不便なこと、たくさんありました。その中で、私たちもイスラエルの民と同じで、不平不満が口に出さないまでも心に浮かんだかもしれません。でも、こうして今、自分があるのは、神様の恵みと守りがあったから。そのことを忘れないために、小さな恵みも思いおこしていきたいのです。
5節の、「主があなたを訓練される」という言葉は、私たちが味わう苦難は全て主の訓練であるとか、コロナ禍を与えたのは神様であり、訓練だった、と簡単に言うことではありません。でも、同じ出来事を体験しながら、ある人は嫌なことばかりが記憶に残るかもしれないし、ある人は良かったことを思い出せるかもしれない。どのように受け止めるか、です。苦しかったことも訓練ですし、良かったことも、それを自分の功績にするのではなくて神様に感謝することを忘れないための良いことだと考えるなら、良いことも訓練です。神様は私たちがどこを歩む時にも、その道で共にいてくださり、必要なことを備えておられ、さらに私たちが成長し、教会が建てあげられていくように計画していてくださるのです。ですから、今はまだ途中ですが、コロナ禍にあっても神様の導きを信じて、感謝と信頼をささげましょう。神様がモーセに率いられたイスラエルを約束された良い地に導き入れてくださったように、神様は私たちも祝福の地へと招いていてくださる。ですから、今の毎日の旅路を、無駄にせず、信仰をもって進んで行きましょう。

posted by ちよざき at 12:00| Comment(0) | 説教