2021年05月16日

礼拝説教「この人たちにも」使徒の働き28章1〜10節

礼拝説教「この人たちにも」使徒の働き28章1〜10節
『使徒の働き』も最後の章になりました。今回と、来週と二回に分けてお話ししたいと思います。『使徒の働き』の最後ということは、先週まで続いてきました、使徒パウロの宣教の旅も終わりを迎えます。最初は伝道旅行ということで、各地に福音を伝える旅が三回行われました。最後は、囚人となってローマまで護送される旅です。しかし前の章では嵐のために大変な思いをして、ついに船は難破し、ある島に泳ぎ着いた。全員の命は救われましたが、荷物は全て失われ、着いた場所はマルタと呼ばれている島です。イタリヤ半島の南にある小さな島です。大きな町も無ければ、護送をしていたローマの兵隊たちにとってはローマ軍の駐屯地も無いような島です。でも神様はこの島にパウロたちをたどり着かせた。それは、この島の人たちにも神様の恵みが注がれるため、また、この島の人たちを通してパウロたち一行にも神様の恵みを与えるためでした。
今日は「この人たちにも」と題名をつけました。神様は私たちにも恵みを注いでくださると共に、私たちを用いて私たちの周囲の人たちにも恵みを備えていてくださるのです。ただ、それは簡単に、上手くことが進むとは限りません。紆余曲折、様々なことを通して少しずつ福音は伝わって行きます。今日は『使徒の働き』28章の前半から、三つのポイントに分けてメッセージを取り次いでまいります。第一に「誤解されたパウロ」、第二に「尊敬されたパウロ」、そして最後に「出迎えられたパウロ」という順序で進めてまいります。
1.誤解されたパウロ
1節からもう一度読ませていただきます。
1 こうして救われてから、私たちは、ここがマルタと呼ばれる島であることを知った。
2 島の人々は私たちに非常に親切にしてくれた。おりから雨が降りだして寒かったので、彼らは火をたいて私たちみなをもてなしてくれた。

島の人たちはローマやギリシャの文化から見れば未開人と言われたかも知れませんが、決して乱暴な人たちではなく、むしろ難民のような一行を暖かく迎えてくれました。火をたいて、というのはスイッチ一つではありません。薪を運び、200人以上が暖まることが出来るようにしてくれた。持て成してくれたのです。ところがパウロも彼らの手伝いをして、木というか柴を火にくべておりますと、マムシ、と新改訳聖書は訳しています。毒蛇という言葉です。日本のマムシとは違う種類かも知れません。その蛇がパウロの手に「とりついた」。他の日本語訳を読み比べますと、かみついた、と訳している聖書もありますし、原文に一番近いのは「絡みついた」という訳です。でも毒蛇が逃げるのではなく絡みつくというのは敵対的な態度でしょうから、いつ噛みついてもおかしくないし、周囲の人たちも噛みついたと思ったでしょう。その光景を見た人たちは、こう考えました。4節。
4 島の人々は、この生き物がパウロの手から下がっているのを見て、「この人はきっと人殺しだ。海からはのがれたが、正義の女神はこの人を生かしてはおかないのだ」と互いに話し合った。
彼らの宗教のことは良くわかりません。複数の神々を拝んでいたでしょう。その中に「正義の女神」というのがあった。この正義の女神は悪人を罰する神だと考えていたのです。ですからパウロが毒蛇にかまれたのはパウロは人殺しのような極悪人で、女神の罰を受けたと考えたのです。
「正義の女神」を信じて、その裁きがあると考えているということは、彼ら自身も悪事を行ったら神々の罰を受けると考えていた。すなわち悪を行ってはいけない、という考えだったということです。今の時代、悪を行ってもお金や地を利用して罰を免れる人がいたりすると、段々と悪を離れて正しく生きることが馬鹿らしくなってしまう。段々と倫理観が崩れていってしまう風潮があります。まだまだ日本人は正しく生きることの大切さを忘れていないと思いますが、気をつけないと、悪を行っても見つからなければ良いとか、見つかっても色々と手を尽くせば罰を受けない、という考える人が多くなると、怖いと思うのです。
脱線しましたが、この島の人たちは、親切な人たちで、外部から来た人でも困っていたら助ける。また悪いことをする人は神々から罰を受けるのだから、正しく生きることを大切にする。とても素晴らしい文化です。でも、本当の神をまだ知らなかったし、救い主を理解するには時間がかかります。
パウロが蛇を振り捨て、時がたっても毒の害を受けないのを見て、彼らはパウロが極悪人という考えから百八十度、パウロは神だと言い出した、と6節の最後に書かれています。少し凄いことをする人がいると神だ、と言うほど、神は人間と大して違わない、少し人間の上、くらいに思っていたのでしょうか。ですから天地を造られた神、しかも、高いところにおられるお方が低いところで苦しむ人間を救ってくださるために救い主を遣わしてくださったという福音は、まだまだ理解するのは難しかったことでしょう。
ここでパウロは、アテネの町でしたように、ただちに天地創造の神の話を始めなかった。それは、彼らには時間をかけて、少しずつ理解を進める必要を感じたからでしょう。決して、福音を伝えることを諦めたのではありません。この人たち、特に親切に助けてくれた島の人たちにも福音を知って欲しいと思っていた。彼は「人殺しだ」と疑われても、「神だ」と逆の誤解を受けても、すぐには反論しなかった。そして、やがて神様がチャンスを作ってくださいます。
2.尊敬されたパウロ
「神様かも知れない」と思った人たちが島の首長であるポプリオという人に伝えたのでしょう。彼らは首長の家に招かれて、三日間も手厚くもてなされます。すると首長ポプリオの父親が病気で苦しんでいることを知って、パウロはその父のところに行って、手を置いて祈り、神様に癒やしていただきました。すると、その話を伝え聞いた島の人たちは、他の病人も連れてきて、パウロは彼らも癒やしてあげました。かつてイエス様のところにも各地から癒やしを求めて人々が集まってきたことを思い出します。
病気を癒やすことは、直接の救いとは違いますが、癒やされたことから信仰に入った人もいますし、癒やされないけれども信仰を持って天に召された人もいます。でも、この島の人たちのように、未開の島で、恐らく医者も少ない。病気になってもどうすることもできない状況では、神様は癒やしという手段を用いて福音を伝える切り口を作ってくださることもあります。
私が子供のときに交通事故で死にかけたことがあり、そのとき多くの方々が祈ってくださいました。N先生という方も病床で祈って下さったと聞いています。この先生は、戦後の大変な時期に、貧しい人たちに福音を伝えようとしていた。でも貧しい人たちは病院に行くお金もなく、病気で苦しんでいた。先生は神様に必死で祈り、彼らの癒やしを願っていったときに、神様が癒やしの賜物を与えて下さった。そういう先生でした。未開の文化で伝道する宣教師たちも同じ思いかも知れません。この人たちを愛し、どうにか救われて欲しい、そう願っているときに、神様が癒やしという手段を用いて働いてくださったのです。
この結果どうなったか。10節を読みます。
10 それで彼らは、私たちを非常に尊敬し、私たちが出帆するときには、私たちに必要な品々を用意してくれた。
彼らはパウロを尊敬しました。単なる遭難者としてではなく、自分たちのために尽くしてくれる人とわかり、尊敬した。「私たちを尊敬し」と書かれていますから、尊敬を受けたのはパウロだけではない。恐らくパウロに同行していた仲間たちも、パウロの手伝いをしたので、同じように尊敬されたのでしょう。「私たち」の中には『使徒の働き』の著者であるルカも含まれています。ルカは医者でした。でも嵐のために医者としての道具やクスリは失っていたでしょう。でも出来ることをしたときに、ルカも尊敬され、信頼されたのです。
この尊敬や信頼によって関係が建てあげられていったとき、福音を語っても受け止めてもらえます。伝道の土台は信頼関係です。信頼していない人が良さげなことを語っても信じてもらえなかったり、欺そうとしていると受け止められるかも知れません。伝道の前に信頼される、尊敬される、そのような関係を築いていっていただくことが大切です。
島の人たちはパウロたちを尊敬しただけでなく、やがて彼らがローマへと出発するときが来たら、旅の準備を手伝い、それは間接的にパウロの福音宣教の旅を手伝うことでもあったのです。宣教師や伝道者は、時にはまだクリスチャンになっていなくても、良い信頼関係を結び、尊敬をしてくださる人たちが協力してくださるという体験をすることがあります。
今、私たちは東日本大震災以来の大変な時代に置かれています。あの大震災の時にも、多くの方がボランティア活動で被災した方々に手をさしのべましたが、その中にクリスチャンも多くいて、良い証しを立てていました。中には困ったクリスチャンたちもいて、被災して苦しんでいる人たちに、これは神の裁きだから、キリストを信じなければならないと上から目線で伝道しようとして失敗した。いいえ、悪い印象を与えてしまった人たちがいました。でも他のクリスチャンたちは、まず困っている人を助ける、いいえ、助けるなんて言い方も上からです。その方たちに仕える僕の姿となっていったときに、その姿が周りの方たちからの尊敬を生み出していき、やがて教会が地域に認められるようになっていった、という証しがあります。
今、私たちも、自分自身がコロナ禍で苦難を体験していますが、その中で良い証しを立てていくなら、それがクリスチャンが受け入れられ、伝道の第一歩となることを憶えたいと思います。
3.出迎えられたパウロ
最後に11節から15節のところに目を向けたいと思います。パウロはまだこの島で人々と関わりたいという思いもあったかもしれませんが、今の彼の立場はローマへと護送されている囚人ですから、時が来て百人隊長が出発するときには従わなければなりません。でも、クリスチャンとの良い関係を持った島の人たちは、やがて他の伝道者が遣わされたなら、きっと福音を信じる様になるでしょう。パウロは自分が最後まで行うのではなく、後の人に、そして神様に委ねて、島を出発します。
船での移動です。恐らくいくつかの船を乗り継ぐので、途中で数日の滞在をしながら、ポテポリという港町に到着し、そこからは陸路を進みます。進むと行っても、行軍の準備がありますので、ポテポリの町で七日間、滞在する。隊長はパウロを信頼していましたので、兄弟たち、つまり、その町のクリスチャンたちのところで過ごすことを許可した。たぶん、パウロの体調を整えて、陸路に備えたのだと思います。14節。
14 ここで、私たちは兄弟たちに会い、勧められるままに彼らのところに七日間滞在した。こうして、私たちはローマに到着した。
15 私たちのことを聞いた兄弟たちは、ローマからアピオ・ポロとトレス・タベルネまで出迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。

七日間の間に、ローマに行く人に言付けて、ローマのクリスチャンたちにもパウロが間もなくそちらに着くことを知らせたのでしょう。するとある兄弟たちは、ローマからわざわざ出迎えるために、途中の町まで来てくれたのです。そして、神様がここまで守ってくださったこと、またパウロとお互いに会えたことを喜び、神様に感謝し、また出迎えてくれた人たちの暖かさに勇気づけられた。実際は、護送されている最中でローマで裁判を受けるのですが、心配もあったかも知れませんが、勇気づけられた。これも神様からの恵みです。
マルタ島の人たちの暖かいもてなしも励ましとなりましたが、この兄弟たちとの、主にある交わり。イエス様を中心とした交わりのことを聖徒の交わりと言います。この交わりは何よりもパウロを力づけたのです。彼らだけでない。各地でパウロを迎えてくれた兄弟たちの存在はパウロを力づけたと同時に、彼の伝道の働きを支えた。その意味で、この出迎えてくれた兄弟たちも、パウロの宣教を共に担ったのです。
まとめ.
今、私たち自身も苦しい時、不便な生活をしているかもしれませんが、様々な事情で教会に行くことができない方々、病院やホームや自宅で過ごさなければならない方々もいらっしゃいます。直接に会うことは出来なくても、見えないところで祈り、また出来ること、様々な手段を用いて語りかけるときに、その方々を力づけることができます。それこそが聖徒の交わりなのです。そして、この交わりは、まだクリスチャンになっておられない方々にも開かれています。私たちが、苦難の中にいる方々に手をさしのべ、僕となって仕え、良い証しを立てるとき、それも教会の宣教の一端を担っているのです。私のそばにいる、「この人たちにも」神様の恵みが注がれるように祈りたいと思います。
posted by ちよざき at 12:00| Comment(0) | 説教